不満があるなら離れればいい。
そんなことくらいよくわかってるし、今までだってそうやってきたはずなんだけど。




『ハニー・ムーン』



「旅行?」
一番人の多い時間帯の大学の食堂でうどんをつつきながら、僕は机
を挟んで真っ正面に座る相手に聞き返した。
「そう。ゴールデンウィーク、二泊か三泊で旅行」
いただきます、と一言言ってから割り箸を扇型に開いて――――そ
ういう些細なことでも辰巳の育ちの良さがわかる――――まだ湯気
がたっている今日のA定食に箸をつけた。
「温泉とか、この時期だったら北海道とか東北だったらスキーもで
きるし」
断られるとは微塵も思っていないようで辰巳は僕にどこに行きたい?
と笑って尋ねてきた。
「え、待ってよ。僕今お金無いんだけど…」
最低限の生活費とかは親に負担してもらっているけど、そんな二泊
三泊で旅行に行けるほど余裕があるわけでもない。
新しいバイトはまた辞めさせられそうだし。
「それぐらい俺が出すって」
「そんなの出してもらえるわけないだろ」
サラっと言ってしまえる辰巳に驚きながらも、いつものことだと考
え直す。
辰巳に告白されて、自分の気持ちがよくわからないながらも一番一
緒にいたりする。
一緒にいるだけ、から関係が変わり始めたのは二ヶ月半近く前から
だ。
恋人同士しかしないようなこともやってるけどそれでも僕の中では
辰巳を恋人と認識できない。
だって僕も辰巳も男だ。
「何で?俺が結城と一緒に行きたいんだし、無理に付き合ってもら
うんだからそれくらい出すけど?」
ず、とうどんのつゆを飲みながら何でもないことのように言う辰巳
の言葉を考える。
今の関係になる前から辰巳は僕に甘かったけど、僕のことを好きだ
って言うようになってからはとみにそれがひどくなってる気がする。
『好きだからこうしたい』
そう言われると僕は何も言えなくなる。
他人と恋愛したことがない僕にはまっすぐ見つめてくる辰巳を否定
できない。
告白される前だったら、友達相手にそこまでするなよって笑えたの
に。借り作りたくないしって断ったのに。
むしろ友達相手にそこまでする辰巳に引いていたかもしれない。
「出すけど、って簡単に言うけど安いもんじゃないだろ」
家族旅行なんかも普通の家庭で育った僕は、兄貴と僕の夏休みや冬
休みなんかに父親の休暇がうまく取れれば近場で一泊、程度のもの
だ。
それを北海道やら東北やら言い出す辰巳の根本は本当に僕と大きく
違うなと思う。
「それにスキーなんてしたことないし」
「スキーくらい俺が教えてやるって」
と言った後『ごちそうさまでした』と辰巳は箸をおいて手を合わせ
た。
僕のどんぶりにはあと1/3くらいうどんがういてる。
それでもお腹がふくれてた僕は辰巳に倣うように『ごちそうさまで
した』と言おうとしたらその前に
「ちゃんと全部食べろよ結城」
と先に言われた。
しぶしぶと箸を手に取り残りのうどんを見る。
ここで『お腹いっぱいだしもういいよ』と言うと辰巳にあれこれ説
教され、その上抱き心地が悪いからもう少し肉付けたらとまで言わ
れる。
悪いと思うんなら抱かなければ良いのに。でもこんな人の多いとこ
ろでそんな話をする度胸は僕にはない。
辰巳は自分の食べた食器を片づけに言って、食堂の人に『ごちそう
さま』と言っていた。 

それからこっちに戻って来るまでに、何人か僕の知らない他の学部
の人につかまって色々話していた。
辰巳に声をかける人の人数を三人まで数えたところで僕はうどんを
一本一本口に押し込んだ。
まずいとは思わないし、むしろ学食のレベルは良い方なんだと思う。
でもしぶしぶ食べてる僕の姿はかなりまずそうに見えるだろうなと
思った。
「結城はこのあと、一限で終わりだよな?」
いつの間に戻ってきたのか、そしていつ買ったのか辰巳の片手には
缶の烏龍茶が握られていた。
ことん、とその烏龍茶を僕の目の前に置き、僕の隣の椅子をひいた。
「うん」
二年の授業の選択を辰巳と頭をひねらせながら――――僕の取る授
業にひねらせただけで、辰巳は自分でちゃんと決めてた――――決
めたから辰巳はだいたい僕がどの授業を選択してるか知ってる。
何曜日は何時に終わる、なんていうのもほぼ毎日一緒にいればだい
たいわかる。
「じゃあ、授業終わったら俺の家、来てくれる?」
「……何で?」
言われてあぁそういえば明日は休みだったっけとすぐ思ってしまう
自分を振り払うように聞き返す。
明日休みだから何だって言うんだ。別に、泊まっても大丈夫なんて
考えるわけない。
「旅行、どこ行くかとか決めよう」
「行くって言ってないってば」
やっとうどんを全部お腹におさめて食器を片づけようと立ち上がる
と辰巳に取られた。 

「自分で持ってくからいいよ」
「良いって。それより結城、それ」
取り戻そうとすると辰巳はさっき置いた烏龍茶を指した。
「飲まないの?」
「…僕のなの?」
目の前に置かれただけで、あげるとも言われてないものを勝手に飲
むほど図々しくない。 

「当たり前だろ」
呆れたように言われて、辰巳は僕の食器を持っていってしまった。
僕は缶の烏龍茶をカバンに入れて辰巳の後を追いかけた。


***********


辰巳って彼女だった吉岡さんにもあぁだったんだろうか。
退屈な、といっても選んだのは僕だけど、授業を聞きながら思う。
基本的に大学の授業は教えるというよりも、教授が自説を披露する
と言った方が正しいような気がする。
そこから吸収していくものなんだろうけど、興味が無くていまいち
真剣に話を聞けない。 

わざわざ興味が無い授業を選択したのは、辰巳がこの授業を選択し
ていなかったからだ。 

必修以外僕はできるだけ辰巳とかぶらないように授業を取った。
辰巳と一緒にどの授業を選択するか考えたから、かぶらないように
してるのは辰巳にはわかったと思うけど辰巳は何も言わなかった。
別に辰巳と一緒にいるのが嫌だからわざわざこんなことをしたんじ
ゃない。
一緒にいるのが嫌だなんていう理由で興味の無い授業を選択するほ
ど幼稚じゃないし。 

ただ一緒にいるとふと思う。
僕は女じゃないのに何で辰巳とこんな関係になってるんだろうって。
辰巳は僕を意識して女の子扱いをしてはいないと思う。
童顔で貧弱な体型の僕がそうされるのをひどく嫌がることなんて、
辰巳はよく知っている。
基本的に辰巳は僕の嫌がることはしない。
でも行動の端々が何だか女の子相手にしてるんじゃないかと思うと
きがある。
一緒に帰るときなんかはわざわざ僕のカバン持ってくれようとした
り、店とかに入るときはドアを開けてくれたり。
無意識でもそんな扱いを他の人にされれば馬鹿にしてるんだろうか
と苛立つと思う。
はぁ、とため息を零したらちょうどチャイムが鳴った。
教授が今日はここまで、という前に既にカバンに机の上のを全部押
し込んで、今日はここまで、と聞いてからすぐに教室を出た。
今からだったら何時くらいに辰巳の家に着くかな、とか時計を見な
がら思った。


***********


「……っは…ぁ」
辰巳の膝の上に向かい合うように跨って、辰巳のを受け入れる。
いつもより奥の方まで入るこの体勢はあまり好きじゃない。
下からはしたなく感じてる顔を見られるのも、気持ちよさのあまり
涙が零れるのも、気遣うように鎖骨に唇を落とすのを見るのもひど
く恥ずかしい。
「結城…ゆうき」
ちゅ、ちゅと音をたてて色んなところにキスされる。
ときどき小さな痛みと一緒に痕を残されて、脳みそが溶けたように
なってる頭はそれを嬉しいと思ってしまう。
「ん…」
ぎゅっと辰巳にしがみついて目の前にあった耳に軽く歯をたてると
ぐ、っと僕の中で質量が増すのがわかった。
はぁ、はぁ、と忙しない呼吸が室内に響く。
痛みと気持ち良いのとごちゃ混ぜになっていたのが最近快感だけに
なってきて、ちょっとやばいんじゃないかと思う。
「ひぁ……っ」
グリグリと敏感な先端部分を擦られて僕はあっけなく達ってしまっ
た。
「……っ」
辰巳が息を一瞬止めたあと、中でビクビクと痙攣して達くのを感じ
た。
「はぁ…」
だるい身体を辰巳にもたれかけさせたままため息をこぼす。
辰巳のが中に入ったままだから違和感はあるけれど、動くのが億劫
だった。
「旅行のこと決めるとか言ってたのに」
せめて自分でなんとか出せる旅費の範囲で旅行に行こう。
そう言うつもりで大学の講義が終わってから辰巳のマンションに来
た。
「結城が誘ってくるのが悪いんだろ」
部屋にあがってから、どこに行く?と聞く辰巳に自分の主張を話し
ていた。
いくらくらいなら出せる?と聞く辰巳にバイト代しだいと応えて、
近場ならどこどこの温泉が良いらしいとかそんな話をされた。
「誘ってない」
温泉は嫌だと言って理由を聞かれたから答えたら辰巳に押し倒され
た。
「誘ってるって…結城って無自覚だから怖いよな」
辰巳が苦笑して、その振動はつながったままの僕に直接伝わる。
声が出そうなのを唇を噛んで堪える。
ここで声を出したりなんかしたらまた誘ってる、とか理不尽なこと
を言われるんだ。
「どこが?いつ僕が誘ったっていうんだよ」
のろのろと辰巳から身体を離そうとすると腰を掴まれた。
「だって、結城さ…」
目線を斜め下の方にやって、辰巳いわく僕が誘ったらしい言葉でも
思い出したのか頬を赤らめた。
僕が言ったのは温泉に入ったら辰巳と僕の体格が違いすぎて嫌だっ
ていうこととか…本当は自分がこんな風に思ってるなんていうのを
言いたくなかったけど。
あと、人前で裸になりたくないってこと。
「そりゃ、泊まりがけだから……そういうことも含めて旅行に誘っ
たけど……」
そういうこと?
貧弱だからっていう理由だったんだけど。
何か誤解されてるのは僕の気のせいだろうか。
「あの…辰巳?」
ぎゅうと抱きしめられて、鎖骨あたりにツキンと痛みが走ったのを
感じた。
「こういうのとか人に見られたら困るもんな」
俺ら男同士だし、と付けた痕を舐められる。
「でも最近旅館の部屋に温泉が付いてるとことかもあるし、そうい
うの探すからさ」
すごく誤解されたのはわかった。
「辰巳…すごく誤解してるんだけど」
「何が?結城は一瞬でも考えなかった?」
言われて黙りこむ。
考えなかったのか、と聞かれれば。
……確かに考えなかった。
旅費のことばかりが断る理由と考えて、男二人っきりで旅行に行く
ことに対して何とも思わなかった。
それってどうなんだろう。
男同士で、しかも僕は女の子みたいな扱いされてて、それでも僕が
考えたのは辰巳の言う旅行にどうやったら行けるか。
どうなんだろう、これって。
「結城?」
「帰る」
黙り込んだままの僕を心配するみたいに覗き込んでくる辰巳から視
線を逸らして、辰巳の膝から立ち上がる。
ズル、と抜け出る感触は本来味わうものではないのに空虚感を味わ
わせる。
「え、ごめん結城。気ぃ悪くした?」
散らかった服をかき集めてもそもそと着込んでる僕の隣で、シャワ
ーくらい使えば、とか、水飲む?とか辰巳が気を遣ってる。
「いい」
一言返す。
最初の頃はしてから身体がだるくてすぐには動かなかったのに、今
はカバンを持ってさっさと玄関に歩いていけるくらいになった。
慣れって恐ろしい。
また頭の中でやばいんじゃないかとか思う。
こんなに慣れてしまうのは、行為を気持ちいいと思って、もっとし
てほしいと思ってしまうのは。
「結城……」
いつの間にかちゃんと服を着てた辰巳は玄関まで来てくれてて、困
ったみたいに僕を見てた。
「じゃあ、また」
そう言って僕はパタンと玄関のドアを閉めた。
困った顔をした辰巳を見て悪かったな、と思うけど僕は冷静になら
ないといけない。
やばいんじゃないか、とか思ってるのに何で僕は辰巳と一緒にいる
んだろう。
カバンを持ち直して、辰巳のマンションから出て駅に向かった。
その間も駅に着いてからも、電車に乗ってからもずっと考えてる。
電車に揺られながら、シャワー借りれば良かった、と思う傍らでバ
イト頑張らないとと思う。
そうだ。旅費を稼がないきゃいけない。
そう思ってる時点で答えはとっくにどこかに出てるんだろうとぼん
やり思った。


















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真葛さんから五雲へのプレゼントでした。(殴 なんですか、 恋の五秒前 ですか。すでに、辰巳は痛々しいくらいメロメロですね。 と、平静を装ってみる。私がいかにモエていたかっていうのは4/7のblogで分かると思います。 個人的には温泉希望です(!!?)あ!でも、陸に滑り方を教えている辰巳もイイ!色々とおいしいハプニングが ありそうです。・・・そういえば、だいたい山には温泉つきの旅館があったのでここはひとつ辰巳にどっちも行ってもらうとか どうですか。だめですか。そうですか。(いい加減にシロ)
以前絵茶をさせていただいたときに真葛さんから「キリ絵で小説が・・・」と言われ即効で「下さい」と五雲が ハアハアしながら言っていないことをねがいます。五雲のヘボパソ内にとどめとくのは 世界への損失と思われますのでアップさせいたっだきました。あと、自慢したかっん

真葛さんありがとうございました!






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